稀勢の里、笑顔なき昇進 大相撲九州場所

 そこに笑顔はなかった。大関の座を確かなものにしても。稀勢の里琴奨菊の出足に一方的に敗退。6連敗の不甲斐なさか、昇進を白星で飾れなかった悔しさか、目を閉じ口を結び涙を堪えるのに必死だった。「後半バタバタして、星勘定し始めたら守りに入ることが多かった」。ため息と反省ばかりが口をつく。

 中学卒業後に入門して10年目。「稀なる勢い」で番付を駆け上がったが三役で足踏みするうち、新十両同期の琴欧洲、新入幕が同じ日馬富士に先を越されていった。

 それでも中学の文集に「天才は生まれつきです。もうなれません。努力です。努力で天才に勝ちます」と書いた男はもがくことをやめなかった。稽古に励むのはもちろん、2年前からはノートを付け始めた。「稽古場で気づいたことを書いている」。父、貞彦さんも精神面に関する書籍を送り続けサポートした。かねて先代は勝負にこだわりすぎる「心」を課題に挙げたが、ここにきて「心の力を付けてきた」と手応えを感じていた。

 勝負の場所は逆風が強かった。先代の暴行問題で騒々しかった番付発表翌日。先代に「相撲のことだけ考えろ」と告げられた25歳は稽古に没頭。1週間後に師匠が急逝しても懸命に土俵に集中した。「自信を持って行けという言葉を思い出した。1週間指導してもらって体ができたのが本当に良かった」

 昇進は「師匠に一番最初に報告したいですね」と稀勢の里。「上を目指すにはまだ力が足らない」と気を引き締めることも忘れなかった。先代は生前、こうも言っていた。「自分で自分を鍛えるんだ。自問自答して脱皮するしかない。上に行けば行くほどそういうものだ」。大器が自立し完成するのは、これからだ。(宝田将志)